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沖縄返還40年…5月15日

 投稿者:ワタリ  投稿日:2012年 5月15日(火)21時05分28秒
返信・引用
  1972年5月15日、沖縄は日本に復帰した。しかし、広大な基地はそのままで、
現在に至っても変わっていない。当時の佐藤首相が約束した「核抜き・本土並み返還」
さえ反故にされたまま、在日米軍専用基地の74%が集中している。
復帰40年目の節目の年の「5.15平和行進」は35回目になる。
厚木爆同の4人の仲間とともに3日間の平和行進に参加してきた。

第1日目は辺野古海岸から宜野座村役場を経て金武町営グランドまで。
第2日目は米軍天願桟橋(うるま市)から嘉手納空港の安保見える丘まで。
第3日目は宜野湾市役所から普天間飛行場の周辺を歩いて宜野湾海浜公園まで。

40年経ても変わらぬ沖縄の米軍基地。平和行進に対して沿道からの暖かい応援。
そして、右翼街宣車のガナリ声。それらを観てきた。
梅雨に入っている沖縄ということで雨対策をして行ったが、3日とも日焼け対策が
必要であった。

皮肉なことに嘉手納空港も普天間飛行場も静かであった。
地元の人は「毎日平和行進をして欲しい」と言っていた。
 

原発ゼロの日「さよなら原発5・5」集会

 投稿者:Bonta H  投稿日:2012年 5月 7日(月)09時59分29秒
返信・引用
  5月5日、子どもの日 in「芝公園」
5日夜、泊が止まり、とうとう”原発ゼロ”の日がやって来ました。
「この状態を永久に!」のスローガンのもと、脱原発の集会が持たれました。真夏を思わせる陽射しの中、5000人余が東京タワー足元の芝公園23号地に参集しました。我シニアの仲間も幾人かの顔が見られました。
浜松町までのデモ行進では、数か所で右翼のみなさんの”歓迎?”を受けました。労組主体の集会では、見慣れた光景ではありますが・・・。やや品のない挑発(デモ側の一部)と野蛮な怒鳴り声の応酬は、一般参加者には愉快なものではありません。集会全体が整然と抑制的に運営されていただけに、少し残念に思いました。運動を拡げる為には、自戒と慎重な配慮が必要ではないでしょうか。
 

第83回かながわ中央メーデー

 投稿者:ワタリ  投稿日:2012年 4月29日(日)22時55分7秒
返信・引用
  4月28日(土)横浜「臨港パーク」3万1千人参加
メインスローガン「東日本大震災の惨禍を忘れず、被災地とともに、働くことを軸とする安心社会を実現しよう」
サブスローガン・メーデー宣言のどこを探しても原発問題がない。労働者の祭典といわれてきたが「労働者」という単語もなかった。原発と労働者という単語を抜きにしたメーデーであった。そして空は晴れわたっていた。
 

さようなら原発1000万人アクション3/24

 投稿者:ワタリ  投稿日:2012年 3月26日(月)07時32分45秒
返信・引用
  3月24日、日比谷野音で6000名が参加して、
脱原発1000万アクション集会が雨の中
(天気予報では晴れで気温も高い)開催されました。
鎌田慧、澤地久枝、辛淑玉、落合恵子さんらのスピーチがありました。
脱原発1000万署名はまだ半分強だそうです。5月の最終集約まで、
ご協力ください。
多くのシニア運動の仲間が参加していました。
 

Peace On Eeath

 投稿者:Bonta H  投稿日:2012年 3月12日(月)12時10分2秒
返信・引用
  「原発いらない3.11福島大会」行が叶わずモンモン、何か行動を・・・と家を出る。
桜木町で反原発デモを応援、2:46電車内で黙祷、日比谷公園の「Peace On Earth」に参加した。”元気鍋”を食し”福島ジュース”を飲し、トーク&ライブを楽しんだ。途中、東京の反原発デモを応援しながら数寄屋橋まで足を延ばし「東日本復興応援プラザ」で買い物支援、再び日比谷公園へ。
報道によれば、各地の集会はそれぞれ相応の参加者を得て盛り上がったようだ、どこまで持続できるか、これからが正念場になる。1年を区切りとせず「自分ごと」とし続ける、と、我心に誓おう。
郡山集会から駆けつけた加藤登紀子氏が紹介した「どうして市民運動は一緒に出来ないのかね」(永六輔氏の言という)の発言が印象に残った。彼女のライブの迫力、行動の素早さ強さはどこからくるのだろう、同い歳の小生としては少し恥ずかしい。
少しだけ充実した3月11日を過ごした、凡太の報告です。
 

東海第2原発ハイロアクション

 投稿者:ワタリ  投稿日:2012年 2月27日(月)18時46分14秒
返信・引用
  東海第2原発は東京電力ではなく日本原電である。その東海第2原発の再稼働を8月末を目指している。東海村の村長は脱原発を宣言しているが、議会で賛同しているのは20人の議員の中で3名のみということ。そこで、東海第2原発を「人間の鎖」で囲み、茨城から全国にアピールするという「東海第2原発ハイロアクション」を実施することになった。神奈川からも協力しようということで参加してきた。
2月26日(日)に神奈川平和運動センターの一員として(私は厚木爆同から)横浜駅西口からマイクロバスで茨城へ…
バスの中では厚木爆音第四次訴訟団の斉藤事務局長から2月8日の米軍機の部品落下事故の話や神高教平和運動推進員会の小島さんの原発の学習会であっという間に茨城に着いてしまった。
渋滞がなく早めに着いた私たちは、原発推進のための展示館「アトムワールド」に行き、見学後にそこの休憩室を借りて昼食のシュウマイ弁当を食べた。さすが「アトムワールド」はお金を使っての展示場であった。
「人間の鎖」は750名の参加で東海第2原発の一部を囲んでの行動であった。


 

やはりメール頂きました。

 投稿者:watasan  投稿日:2012年 1月28日(土)08時40分48秒
返信・引用
  セミナーに参加されていた人から同じようなメールを頂きました。
「退職者セミナーに参加してきました。いろいろ話がありましたが退職した諸先輩の現実的な話が一番ためになりました。~弁当はイマイチでしたが。」
とありました。
M氏の「家計から見たあるシニアライフ」は好評だったようですね。
 

ライフプランセミナーお疲れ様でした!

 投稿者:わた・み  投稿日:2012年 1月23日(月)19時43分53秒
返信・引用
  世情に疎いボクでしたが、ある知人からメールをいただき、シニア運動の方が「神高教ライフプランセミナー」に参加され、今春退職予定の方々にお話をされたということを知りました。その知人いわく、「Mさんのお話が一番タメになった!」と。その人、シニア副代表のMさんのことを知らないので、「たぶん、そうなのでは?」ということでメールが送られてきました。
その人、あまり藤棚には来ない人だし、ましてや教研集会などにもあまり参加されていないので、Mさんの名前がわからなかったようです。このセミナーには事務局長のNさんも参加されていたようですが、さすがにこの知人でも、有名なNさんを知らないはずはありませんからね。
シニアの先輩がその体験談を話すのが一番、リアルでよいと思います。役員の方々は大変だったと思いますが、そうした参加者からの感謝の声を聞けば、勇気百倍になると思います。Nさん、Mさん、小雨が降り、寒い中、大変お疲れ様でした。
 

鼻歌三丁矢筈斬り

 投稿者:ワタリ  投稿日:2011年12月30日(金)22時44分29秒
返信・引用
  「神奈川高校教職員九条の会」総会(12月23日横浜市開港記念会館)での話
落語で日本語を習得したという米国生まれの詩人アーサー・ビナード氏の講演で「鼻歌三丁矢筈切り」というフレーズを聴いた。これも落語からのものらしくて、腕の立つ侍によってもの凄く切れる刀で切られても気づかず、鼻歌を歌いながら三丁も歩いたあとにまっぷたつになって絶命するということだ。放射能を浴びて、すなわちズバッと切られてもその時は気付かず、何年か経ってから白血病などの病気になるという比喩で話された。切られるのは身体の奥の奥の細胞で、しかもDNA。 「ただちに影響はない」ことだけは確かだ。
 

今こそ、シニアの力を!

 投稿者:わた・み  投稿日:2011年12月12日(月)08時25分20秒
返信・引用
  ボクは昨年から、某県立高校の生徒の学習ボランティア・コーディネーター(自称)をしています。数人の学生さんが高校生に英語や数学のいわゆる「補習」を行っています。そうした学生のボランティアと高校をつなぐのがボクの役目。

本当は地元の高校で、地域の老人組織(地区社会福祉協議会)を使って、やってもいいかと考えていましたが、これ以上しごとを増やすと、こちらがもたないので断念しました。恐らくこうした話を持ち込めば、高校側は「地域連携」にもなり、大喜びだと思います。

某高校まで学期に1~2回、学生の取り組みぶりを見に行きますが、乗り換えが4回もあることから、往復で1800円近くかかります。どおりでパスモがすぐなくなるわけです。もちろん、自腹を切っているわけですが、その割にはおなかが引っ込みません(笑)。困ったもんです。

さて、シニア運動は本体の高教組とは違い、組織率は右肩上がりで、これからもどんどん加入者が増え、うれしい悲鳴を上げることになると思います(勝手な思い込みで恐縮です)。そこで、シニアに集まるすぐれた人材をもっと有効に活用する(これぞ、地域貢献)道を開拓し、展開することが求められているのではないでしょうか。

県はなによりも「学力向上」を図ろうとかつてのナンバースクールには「重点校」だか「推進校」だかの看板を与え、予算はごくわずか、そこの教員に忙しい思いをさせています。

しかし、それ以外のところでは…。ましてや「学力不足」が目立つ「課題集中校」などは置き去り状態です。そうしたところで、シニアが「補習」の手助けをすることは可能だと思います。シニアの方々なら、たとえどこまで行っても「図書カード」でOKな訳ですから、実に手軽だと思います。「昔とった杵柄」で高校生の学力向上、進路保障に貢献できると思うのですが、いかがでしょうか?

そろそろ新年度に向けたシニアの運動方針を、役員会レベルで議論し始める時期かと思います。これからどんどん増えるであろう退職者(シニア)を迎えるにあたって、ぜひともユニークな取り組みにチャレンジしてほしいと思います。またこのことが、シニアを元気にする原動力にもなると確信しています。(以上、「気軽に投稿を」とあったので、妄想を思いつくままに書かせていただきました)
 

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